ポジティブ
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怒りを引きずるかどうかは心がけ次第でコントロールできます。怒りを引きずらない人は、2つの思考と行動のパターンと、心の持ち方の点でかなりの差がでると思います。

それはポジティブ的な考えにも似ています。

たとえば、

さんざん人の世話になっていながら、お礼どころかろくな挨拶もできず、失礼な態度をとる人がいます。

こうした態度をされると、「なんてヤツだ!」という怒りの感情が湧くでしょう。これは自然な感情です。

しかし、その後の感情処理には、かなりの個人差があります。

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一人は、怒りを引きずって「憎しみ」にまで発展させてしまう人。

もう一人は、「そんなこともあったっけ。そういえば、あのときはイラッとしたなぁ…」という人。あるいは、アイツはあれだけの人だ…と流す人

この差は、いったいどこから来るのでしょうか?怒りを引きずらない人が、無意識のうちにとっている思考や行動のパターンには、二つのことがあります。

一つ目は、怒りより先に湧く「第一感情」を素直に表出している、ということ。

怒りは「第二感情」と呼ばれ、その前には必ず「第一感情」という別の感情が湧いています。たとえば、先の「なんてヤツだ!」という怒りの前には、どんな第一感情が湧いているでしょうか?

「こんな態度をされるなんてがっかりだ」


「あの人がこんなことを!? ショックだなぁ」


このような感情ではないでしょうか。実は、この第一感情をしっかり自覚していれば、第二感情である怒りをエスカレートさせずにすむのです。

たとえば、「こんなことをされると、自分はすごくがっかりするんだな」と、自分自身の第一感情を思い返してみる。

相手や他人にこのことを伝えるときに、「あのときは、とてもがっかりしたんだよ」「ショックだったんだよな!」というように、第一感情の方を伝えてみる。

このように、しっかり第一感情を認識していれば、怒りの暴走を抑えることができるのではないでしょうか。

では、二つ目はどんなことでしょう? 「なぜ相手はそれをしたのか」「それはなぜ起こったのか」という相手の心情や起こった状況を考えてみる、ということです。

先の例を考えれば、心ある人なら世話になった人にはお礼や挨拶をし、相手を尊重した態度を見せるものです。

それなのに失礼な態度で接してきたのは、相手の未熟さ、常識のなさ、思いやりのなさなど、何らかの原因があるからなのです。

常識や思いやりは、大人になる過程で自分なりに身につけていくものです。しかし、その人はそれをできなかった、あるいはやってこなかった。それは、家庭や環境の問題があったからなのかもしれませんし、本人の心に何かの問題があるからなのかもしれません。

そんな風に考えていけば、相手に対して感じていた怒りが消えていき、同情、心配、あるいは温かい目で見てあげようという許容の感情に変わっていくでしょう。

つまり、つい怒りを引きずってしまうのは、第一感情への気づきが薄く、相手の心情や背景を考える想像力が薄い、という自分自身の心の未熟さの影響があるからなのだと思います。

そういう私自身も、以前はよく怒りを引きずっていました。人に何か失礼なことを言われると「あの人は嫌な人」とレッテルを貼り、嫌なことをされると「いつか見てろよ!」と、いつまでも根に持ったりしていました。

しかし、さらにカウンセリングの勉強を重ねるなかで、第一感情への注目と、相手の心情や背景への見立てを覚え、自然と怒りを引きずることが少なくなっていったのです。怒りは自然に湧く感情ですから、それをなくすことはできません。
「怒らないようにしよう」「いつも笑っていよう」「いい面だけを見るようにしよう」などと努力をしても仕方がないのです。

そして、怒ることはけっして悪いことではありません。怒るからこそ、相手に自分の思いをぶつけようというエネルギーや、行動化しようというパワーが湧いてきます。

怒りは、自分を守り、建設的に生きていくために必要な感情なのです。
しかし、怒りをいつまでも引きずって、憎しみにまで育ててしまうのは、自分の感情の奥行きを知らず、相手の心の思う想像力が育っていないからなのかもしれません。

怒りのコントロールは、難しいことではありません。

怒りが湧いたときには、その前に湧いている「第一感情」の方に注目し、「私はどうして怒っているんだろう」と振り返ってみること。

そして、「私を怒らせた人はなぜそれをしたのか」「私を怒らせた状況はなぜ生まれたのだろうか」と想像してみること。

この2つのことを意識的にやるだけで、怒りを引きずることは少なくなり、今までよりも、もっとゆとりを持って生活することができるようになると思います。

ただ、

どうしても生理的に相性の合わない人もいます。そういう場合は無理をせず、「あいつも一生懸命生きているんだな」と思うと、自然に許せると思います。