いじめ
Pocket

年齢、環境に関わらず、人が何人も集まる場所では、なぜかどこでも誰か1人の人に対しての非難・批判で盛り上がったり、仲間はずれや、いじめが起こったりします。

誰もが不快なこと、避けたいことだと思っているのに、どうして同じようなことがくりかえし起こってしまうのでしょう。

一人、二人のうちは良いけど、三人になると、派閥ができます。


人は集団のなかで討議をすると、個人の意見よりも極端な集団的な意志決定になる傾向があるといわれ、これを「集団極性化」といいます。

たとえば、ネットの掲示板では、議論が一方向に流れると、違う切り口の意見が叩かれ、議論が一方向に極端に暴走していくことがあります。

スポンサーリンク



ブログやSNSでは、ネット上で誰かが批判されると、そこに他人も同調し、とことん槍玉に上げられて炎上してしまうことがあります。

たとえば、いじめの場合、最初は友だちの一人を冗談でかまっているだけのつもりが、同じようにかまう仲間が増えてくると集団極性化が起こり、あっという間に『集団いじめ』に発展していくことになります。

このいじめが続くことで、果てには自殺にまで追いつめられてしまう事件もたくさん起こっています。

また、それを見ている傍観者の心理にも、

「自分だけが目撃したわけではない」

「誰も止めないなら、大した問題ではないのだろう」

「止めに入れば、今度は自分がターゲットにされる」

というように、責任分散、多元的無知、評価懸念という傍観者効果が生じて、問題を放置してしまいがちなのです。

したがって、こうした集団心理の特性をよく理解し、小さな事件が大きな問題へとエスカレートする前に、今起こっている現象をよく検討する必要があります。

自分自身が加害者になる可能性を少しでも感じたら、そこで立ち止まり、ただちにその行動を止めることです。

 

そして、「集団極性化」のリスクを説明して、仲間にもやめさせること。


見ている側が傍観者効果によって被害を放置してしまうリスクに気づき、周りの傍観者と相談して一緒に止めに入ること。

あるいは信頼できる人、機関に相談して一緒に対策を考えること。

反対に、被害者になってしまう可能性を感じたら、ただちに信頼できる人に(効果がなければ、複数の人や機関に)相談し、1人で抱えないこと。

でも、これはなかなか難しくて、SOSを発したり、悲鳴をあげたりしても、周囲は真剣に捉えない現実がある為、悲しい結果になるのが残念です。

加害者の立場のうちは良くても、「明日は我が身」となり得ないのです。

 

こうしたことを頭に入れておけば、事態のエスカレートを少しでも防ぐことができるのではないでしょうか。


世の中を驚かせる大きな事件は、意外にささいなことから始まっていることが多いものです。

集団効果でその問題を大きく発展させることのないように、一人ひとりが集団心理の特性を理解しておくことが、大切な人間関係のリスク管理につながるのではないでしょうか。